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みんなのの玉手箱
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みんなの玉手箱
みんなの玉手箱 貝殻・おはじき・ビー玉 左  幼い頃私は、海辺で拾った桜色の貝殻、おはじき、ビー玉、それから仲良しだった友だちが、転校して行った時の淋しい思い出等、それらを大切に仕舞う玉手箱を持っていました。みなさんはいかがですか?
 さぁ、このコーナーの「みんなの玉手箱」にはどのようなものが、詰まっていくのでしょうか。
みんなの玉手箱 貝殻・おはじき・ビー玉 右
2008年04月21日(月)17:06 

  肩車 2008年3月12日

         青い空の色が少し緩んで   
         もうすぐ冬が解けそうな日      
         保育所の庭で遊ぶ子どもたちを   
         陽射しはやさしく包んでいる     

         空の遠くのひとところ     
         湧きあがるように黒いかたまりが      
         みるみる大きくなって近づく     
         カギとなってアオサギの群れ    
         サワサワと羽音がきこえる    

         あっ!あーと、ボクは叫んで指を指した   
         先生もお友だちもつづいて見上げる 
         みんな同じ表情、顔、顔、顔  
         突然の光景に見とれている   

         一番始めに気づいたのはボク 
         先生に肩車されていたんだよ  
         空に一番近い所にいたからなぁー
         鳥たちは一つになってどこへ行く? 

    註  季節が冬から春に変わる頃、ちょうどその日私は、保育所の
      二階のベランダにいました。園庭で喜々として遊んでいる子ど
      もたちの姿を眺めていた時の、思わぬ出来事でした。その時の
      光景を詩にしたものです。
                            (詩&記 猪俣)

  黒いかげ 2008年2月28日

 保育所発のホームページに「黒いかげ」というタイトルの散文を書き込むこ
とは、自分自身抵抗を覚えるけれども敢えてここに書き込むに当たっては、こ
の稿を一読して頂けるなら、納得して貰えると思ったからである。「黒い」と
いい「かげ」といい保育所に似つかわしい語彙でもある。
 とある年のある冬のこと、私は現役の園長をしていた。保育所の子どもたち
や先生たちが帰った後、一人事務室にこもって仕事をしていた。一時間から二
時間のまとまった時間があると、事務がはかどる。ようやく終えて時計をみた
ら、針は10時をさしていた。夜は深々と更け、ことさら冷え込む。二階の事
務室から一階へ降り何となく、保育室のカーテンのすき間から園庭を覗いた。
私は一瞬身体がこわばり、そこに見たものはただならぬ「黒いかげ」である。夜のうす明りの中に人のかげがー。何?これ?いったい?目を凝らして視る。
その当時は防犯灯が設置されていなかった。人らしいかげは何のためらいもな
く、何かに熱中している。立ったり、かがんだり、中を動き廻ったりー。
 とっさにカギを開けて「だ、誰?」と呼びかけた。すると、
 「園長先生、すみません、私です。」とよく知っている一人の女の先生の声で
あった。
 「何してるの、こんな夜なかにー」と緊張が解け、普段の会話にもどった。
 「エへッ、園長先生に見つかった、明日の朝は冷えて霜が降ると、テレビで
言っていたので土を起こしに来たんですよー。」と、ごく当たり前の口調で話し
てくれた。
 子どもたちに踏みしめられた園庭は土が固いので、柔らかく掘り起こしておかないと、霜柱が立たないというのである。3〜5cmの霜柱が立って朝の光にキラキラ輝いている様子は美しい。手にとって、冷たさを感じたり、足でザク
ッザクッと踏みしめる感触も快い。そんな感動を子どもたちに知ってもらいた
いというのだ。又、夜のうち器に水を張って外に出しておき、氷が張っていよ
うものなら大変な騒ぎである。因に彼女の家は片道8キロ程の距離にある。
 南国宮崎は、めったに雪も積もらなければ舞うこともない。ましてここ平野
部においては、降霜など珍しい。ひと冬に3〜4回あれば良い方だ。今年は2
〜3回ほどあったようだ。しかし土をうまく掘り起こしていることである。
 やがて春が訪れる。2月が過ぎて3月の別れ霜の頃までにはまだ降霜のチャ
ンスはありそうだ。                    (文責 猪俣) 


 絵本『だいすき』 2008年1月7日
 
 現在、月齢1歳〜1歳10ヶ月になった赤ちゃんクラスでは、絵本の読み聞かせを普段の遊びの中で行っています。『だいすき』という絵本は、その中の1つです。これは、お父さん・お母さんが、子どもを「おいで」と呼び、「だいすきだから...」と手をつないだり、おんぶをしたり、膝に抱いたりして触れ合います。最後は、子どもから、「だいすき」と頬にチュッとキスをされる...というストーリーです。
 この絵本の読み聞かせをしながら、身振り・手振りをしてみせると、真似をして行うようになりました。その様子を紹介しますね。
・「おいで」では、みんなが一緒になって手招きをしています。片手で手招きをする子、両手で手招きをする子、言葉のでる子は、「おいで〜」と呼びながら手招きをしています。
・「おててつなごう」では、保育士に片手を差し出して握手を求めたり、保育士が「○○ちゃんと握手」と声を掛けると、お友達の名前が分かる月齢の高い子は、そのお友達の手を取って、握手をしています。隣に座っているお友達と握手をしている子もいます。
・「おんぶ」では、両手を背中にまわしています。言葉の出る子は、「おんぶ!」と言っています。
・「お膝に抱っこ」では、「だっこ〜」と言ったり、キューピーちゃん(人形)を渡すと、キューピーちゃんに頬をくっつけて抱いたりしています。
・「ほっぺにチュ」では、「チュー」と言いながら、絵本や保育士にキスをしてくれます。お友達同士で「チュー」とキスをすることもあり、その時は、した方・された方ともに、照れたように笑っています。
 1つの絵本で、様々な姿を見せてくれる子どもたちです。また、この絵本は、子どもの発達の様子が見てとれます。例えば、「おいで」では、月齢の低い子は手招きのみなのが、月齢が高くなるにつれ、手の動作に加えて言葉が入るようになりました。子どもは、身振り・手振りの動作をするようになってから、つまり、身体で覚えてから言葉が出るようです。
                            (保育士 岩野三紀恵 記)

 注 『だいすき』 株式会社チャイルド本社 もこちゃんチャイルド第361号


 マリリンのこと 2008年1月7日

今年も又、年賀状の束が郵便受けに配達された。急いで一通り目を通しなが
ら、「あー、あの人からの賀状が届いていないー。」と一抹の寂しさを覚える。
その人の名は◯◯まり子さん。当保育所のかっての保育士。
 15年位前のことになろうか、ある月曜日の朝、いつものように保育所の
玄関先で子どもさんを預けに来られたお父さんから、その当時私は園長をして
いたので、
 「お早うございます。園長先生は保育園で、マリリンのことを教えていられ
るんですか?」私はとっさの言葉に驚いた。続けてお父さんは、
 「あのですね、昨日(日曜)、うちの子が、マリリンに会いたいって言うんで
すよ。それも雨の降る外を、窓から眺めてー、うっとりした表情で、」
 「あー、分かりました。まり子先生のことですね。お宅のお子さんの担任の
先生のことですよ。」お父さんは、えっ?と首を傾げていられる。重ねて、
「1歳児の子どもたちは、まり子先生ってはっきり言えなくて、まり子、まり、
まりん、そしていつの間にか誰言うとなく、マリリン、マリリンって呼んで、
とても慕われているんですよ。」そうか、とお互いに納得する。

 まり子先生は1歳児クラスを担当していた。マリリンが朝、出勤して来ると
子どもたちは飛び上がって喜ぶ。やさしい笑顔のまなざしがその心をとらえ、
マリリンの行く所行く所に付いてまわる。マリリンの言うことは素直に聴く。
給食もよく食べ、何よりも欠席をしない。マリリンの周囲には子どもたちの笑
い声が響き合う。
 そのマリリンが結婚退職して、遠い地に行った。そして毎年のように必ず近
況報告の賀状が届いていた。ある年当方からの賀状が、宛先不明で返ってきた。
それ以来こゝ3〜4年になる。年賀状には兼ねてのご無沙汰を詫びたり、旧交
を暖めたり、又健在の証としてのメッセージが込められている。やはり今年も
ナシの礫(つぶて)なのかなー、とひとり思う。
 この場を借りて、マリリンのような先生は保育所の宝です。何よりも子ども
たちにとってかけがえのない第二の母です。とつけ加える事はやぶさかでない
と思います。けれど、彼女はこの広い空の下のどこかで、きっと周りの人たち
をやさしく包み込んでいることと信じています。      (文責 猪俣)
                                  
註 マリリン・モンロー/出典:フリー百科辞典『ウィキペディア』/マリリ
  ン・モンロー (1926〜1962)36歳没 女優/現在も「アメリカのセッ
  クスシンボル」と称される。/トレードマークは、真っ赤に塗られた唇。
  口元のホクロ。モンローウオーキングと呼ばれる独特な歩き方。/主な映
  画作品 「紳士は金髪がお好き」「七年目の浮気」「バス停留所」等。


  パパ、お月さまとって! 2007年12月15日 

2歳児クラスの子どもたちには、年間カリキュラムに従って、順次、絵本の
読み聞かせを行っています。アメリカのエリック=カール作『パパ、お月さま
とって!』という絵本もそのひとつです。10月に担任の先生が、2週間つづ
けて読み聞かせをしました。
 絵本の内容は、作者エリック=カールの娘に、お月さまをとってとせがまれ、
どうしたものかと考えた末、高い山の頂から、長いはしごをかけて、そのお月
さまを娘にとってあげるというストーリーを絵本にしたものです。
 保育士が何回か読み聞かせをしている時、
 Nちゃん(3歳6ヶ月)「Nちゃんのパパ、お月さまとってくれたよ。」先生
はびっくりして「えー、本当?どこにあると?」と聞けば、「お家にあるとよ。」
 先生「見せて!」と、おねだりをすると、「もうないよ。」先生「どうして?」
 Nちゃん「◯◯くん(弟1歳10ヶ月)が、どっかにやったとよ。」すると、
いっしょにいた別のHくん(3歳3ヶ月)が、悲しそうに、「Hくんのお父さ
んは、お月さまとってくれんかった。」先生は「そう、じゃ、今度とってもらっ
てね。」「うん、今度言ってみるわ。」と覚悟を新たにしたようでした。
 まぁ、何と夢のある、そして子どもはとんでもない事を空想するものですね。

 もう一つ、お母さんの書いたおたより帳から……港祭りに行きました。いい
お天気で、日焼けしてしまいました。帰り、金魚すくいをしました。今日から
家族の仲間入りです。「名前つけようか?」と、娘(3歳3ヶ月)にいうと、「サ
・ カ・ナ」にすると言った後、「ねー、どこにつけると名前。」ですってー。
                             
 子どもたちは、大人にとって意外な「ことば」を発します。そのような時に
は周囲の大人たちが素直に驚いたり共感したりして受けとめることです。表現
や、思考の誤りではありません。発達の過程においてとても重要な現象です。
いっしょに喜び、悲しんであげることにより、順調な心の発達を見ることがで
きます。そして子育ても楽しくなります。さぁ、子どもたちは、今日はどんな
幸せのタネを周囲の大人たちにまいてくれることでしょう。
                         (報告 猪俣)

 小さな画家たち 2007年9月26日

 夏の暑さも少し薄らいだ某月某日、当所の玄関のポーチ(間口6m20cm奥行き8m)を大きなキャンバスに見たてて、2歳児の子どもたち9人が、ペンキ用のハケを使って、思い思いに絵を描いて遊びました。 先ず、
・ 赤、黄、青の三原色のポスターカラーをそれぞれの器に溶かす。
・ 3個の器を共同で使用する。
・ ペンキ用のハケを使って、好きなカラーで絵を描く。
・ どれくらい◯がいっぱい描けるかなぁ、どれだけ長い線が引けるかなぁ、と先生が見本を
  示して見せる。
子どもたちの様子は、
・ 「赤がいいー」「青がいいー」と言って思い思いの色の前に走りよる。
・ ハケに色をつけ、じっと見つめている子。
・ 器の中の色をかき混ぜている子。
・ 小さな丸が、次第に大きな丸となり、やがて自分の身体を軸にして大きな丸を描く子。
・ 大きく腕を振って色をつけている子。
・ ハケで一カ所を塗りつぶしている子。
・ 短い線から、段々と長く延びていく線、等々、一心不乱にそれぞれの子が夢中になって、
  言葉を失っていました。頃合いを見て、
先生「さぁ、みんないっしょに、ヨーイドンしょう」と言うかけ声に、好きな色をつけたハケを持ち、一列に並んで端から端まで長い線を引きました。腰を曲げずに上半身を倒して描く。身体よりも前にハケを出しながら歩いて描く姿、等々も、徐々に身体の安定がとれるようになっていきました。腰を落とし膝を曲げて、ハケを地面につけて線を引く、という作業を自ら学んでいくようです。瞬く間に小一時間が過ぎました。遊んだ後は身体をきれいに洗ってもらって、昼食です。
 玄関先のポーチ、コンクリートの地面はカラフルな模様に染められました。
後を洗い流したりはしません。「お母さん、これ描いたよ」「◯◯ちゃんがここ描いたよ」と、親の送迎のたびに親子の会話がはずみます。秋風が吹きわたる頃になると色も段々と薄れ、黙々とお絵描きに熱中していた小さな画家たちの残像が浮かびます。
                              (報告 猪俣美智子)

  ほおずき人形 2007年8月24日

子どもの頃、お盆になると家の仏壇に必ず“ほおずき”が飾ってあったのを覚えています。きれいなオレンジの皮の中に実があり“一体これは花なのか?何なのか?”子どもながらに考えたりしていました。
 お盆が近づき、ほおずきがよく見られるようになったある日、保育士の先輩よりほおずきを使った遊びがいくつかある事を聞きました。是非、子どもたちに見せて遊ばせたいと思い買ってきました。
 まず始めに、子どもたちにほおずきを見せ「これ何でしょう?」と聞くと「かぼちゃ!」「花」「分からん!」と言う答えが返ってきました。七夕を経験した後だったからか、枝に5〜6個ついたほおずきを「笹の葉」と言う子どももいました。
 次に、子どもたちにほおずきを1つずつ配り実を包んだ袋をあけました。中から実が出てくると「何か出てきたよ〜!」「トマトだ」と言っていました。あまりにもきれいなオレンジ色の実だったので、口元に運ぼうとした子どももいました。食べ物にみえたようです。
モミモミしよう。
実の中の水分と種子を取り出すように子どもたちに教えました。指や手のひらで優しく、丁寧に実をほぐしていきます。3〜4人の子どもが最後まで挑戦しましたが、保育士の私も失敗に終わりました。丁寧にしたつもりでしたが、実の皮が破けてしまったのです。成功すれば皮になった実を口に含んで“ギュッギュッ”と音を鳴らして楽しむ事が出来るそうです。
ほおずき提灯
 ほおずき1つ1つの間隔を空け茎を紐で縛り提灯のようにして、保育室の窓や天井に飾ってみました。提灯を見つけた子どもたちは、「きれいね〜花みたい!」「お祭りみたい!」(3歳)と言っていました。
ほおずき人形
ほおずきの実を顔に見立て、袋の部分を折り返し胴体にしてそれを和紙や折り紙で包み人形の姿にしました。「これ何でしょう?」と聞くと、子どもたちはキョトンとして反応がありません。そこで、つるつる頭の実にマジックで目、口、鼻を書いて見せると「お姫様、お人形、お雛様、赤ちゃん」と言っていました。その後、子ども1人1人にほおずき人形を配ると大事そうに抱いたり、布でおんぶする姿が見られました。本当の赤ちゃんの面倒を見るかのように優しく優しく遊び自宅に持って帰ったのです。翌朝、また大事そうに手に持ってきた子どももいた位気に入ってくれたようです。
また別の日には、ほおずきの絵を書いてみました。クレヨンケースからオレンジのクレヨンを選び、○ばかり描いて「ほおずき!」と言っていました。この頃になるといつの間にか子どもたちが“ほおずき”の名前を覚え(こどもたちの)会話にでてくるようになっていたのに驚きました。
1つの素材でこんなにも遊びが広がって行き、子どもたちも喜んでくれた事を嬉しく思いました。“本物”を見る、触ることの大事さ、また日常生活の中で昔から伝わっている“遊び”の伝承の大切さをつくづく感じました。
                      (2歳児担当 日高由香子 記)


 子スズメの願い 2007年7月30日

 平成19年6月1日付けの朝日新聞の大阪版に、旭署の地下の車庫に転落したスズメが、署員に保護され、カゴの金網越しに親鳥が口移しで子スズメにえさを与えつづけ、無事空へ飛んでいったチュン太郎の記事を知った。
 それに加え、私も昨年屋根瓦から地面に落ちていた雀のヒナを、保護したのを思い出した。「猫に食べられたら可哀相」(この辺ノラネコが多い)とばかり、箱に布を敷き水とすりつぶしたごはんを与えたが食べてくれない。そこで小鳥店に相談したら「今頃はよくヒナが落ちますよ。恐らく親鳥が突き落としたんでしょう」と衝撃的な言葉を胸に抱いて、ヒナの養い方を聞き、すりえを買って育てることにした。鳥かごの中で順調に育っていくチュン(ヒナの名)に可愛さと愛情が湧き、やはり空へ返してあげることが、本当の愛情ではなかろうかと悩んだ。

  子スズメの願い

 屋根瓦の 巣の上から
 母さん雀に
 つき落とされた
 子スズメ チュン チュン

 生まれてからの 育ちが 良くないといって
 母さん雀に
 つき落とされた
 子スズメ チュン チュン

 弱いものは 生きて 行けない
 自然界の 厳しさ
 母さん雀は 知っている
 子スズメ チュン チュン 震えてる

 息も絶え絶え 助けられて
 鳥かごの中
 じっと 蹲る
 子スズメ チュン チュン

 飢餓(うえ)も恐怖(おそれ)も 除いて くれてありがとう
 やさしい人間(ひと)の
 指を啄ばむ
 子スズメ チュン チュン

 弱いものも 生きて行ける
 人間界は 温かい
 おかげで 産毛(うぶげ)も ぬけました
 子スズメ チュン チュン 羽ばたく

 だけど
 大空翔けたい 広い空を
 母さんの いる空を
 大空翔けたい 広い空を
 母さんの いる空を
 このまま かごの鳥には なりたくない
          (詩 葉月みつる)

 そこで再び小鳥店に相談に行った。どうしたら無事に空へヒナを還すことができるだろうか__と。「まだしばらくかかりますよ」との答えに困ったが、私はチュンを預けることにした。きっと大空に還って行けるだろうことを信じて。
 一年が経ちわが家の屋根と電線を往き来している、親鳥と若鶏の姿が微笑ましく見られる昨今である。                          (7月5日記す 猪俣)       

 食後のデザートは”イリコ” 2007年7月10日

 当保育所では、給食のダシを取った後のイリコ1尾丸ごと(頭、腹わた付き)を捨てないでお皿に盛り、子どもたちのテーブルに出しています。1、2歳児の子どもたちにも食べやすい小さめのイリコです。
 子どもたちに「ご飯のおかわりいる?」と聞くと「(お代わりは)もういらない!イリコがいい!」と言う位喜んで沢山たべてくれます。
 イリコの反応も様々で、「お魚がいっぱいある〜」「こいのぼりみたい」と言っていました。中には、食べようとしたイリコが白湯入りのコップに入ってしまい、それを見た子どもが「魚がおよいでる!」「見てん!メダカみたい」と喜んでいました。又、ある時いつものようにお皿に盛ってあるイリコの中に10cmの大きさのものが混じっていました。それを見つけた子どもは目を丸くして「パパじゃ〜」「わぁ、大きい。こっちの小さいのは赤ちゃんやね!」と大きさ比べが始まりましたが最後までこの10cmのイリコは誰にも食べられませんでした。
 そのような毎日の中で、3歳になった子どもがスーパー等で”お魚天国”という歌を聴いて覚えたようで、その歌の中のフレーズの1つがよく会話に出てくるようになりました。子ども「先生、イリコ沢山食べたら頭よくなる?」先生「うん、沢山食べたら頭も良くなるし、体も強くなるはず!!」子ども「分かった。沢山食べるわ」しばらくすると再び同じ質問をしてくるのです。

 そのイリコがどれだけ家庭で使われているのかを知る為に保育所内でアンケートを取りました。その結果、毎日の食事でイリコでダシを取っている家庭が全体の1/2でした。イリコでダシを取る以外の方法として”本だし、しいたけ、アゴ”等があげられました。又、ダシを取った後のイリコをどうするか?では”捨てる”が多く、次に調理して食べる、ペットにあげている事が分かりました。ダシを取った後のイリコですが、ほんのり味が付いていてやわらかく本当に食べやすいのです。
 現代人に不足している”カルシウム源”ですが、保育所では、食後にイリコを食べることで少しでも補って行けるようにしています。子どもたちは、ちょっとした食後のデザート”イリコ”を毎日よく食べてくれます。

 注:”煮干し”は東日本では”ニボシ”と単一の呼び名が普及しています。西日本は”イリ
   コ”だそうです。煮干しの呼び方(名)もそれぞれで、地域によって違いがあるそうで
   すよ。                         (日高由香子 記)


 どろんこ天使 2007年5月23日

 蒸し暑くて、風のない日、日差しはあまり強くなく、カンカン日照りはダメ。海よりの東風が吹くと、冷気を含んでいる。少し位の西風なら大丈夫。そのような気象条件の日が、四月から五月、そして梅雨に入る前までに、何日あるだろうか。否、何日というより、1〜2日あれば良い。海沿いの宮崎は春が短くて、急に真夏日が訪れる。2歳児の子どもたちには「どろんこ遊び」というものを体験して欲しい。前日の天気予報をテレビとにらめっこ。そしてあくる朝、空を仰ぎ、風の匂いでチャンスをつかむ。今年は5月8日にその日が訪れた。
 先ず、どろんこ場の土を先生が掘り起こす。土を柔らかくするため。水場には大小の器を並べて、先生が水を注ぐ。子どもたちは汚れてもよい保育所専用の服(○の中にソの字が入っている記号がついている)に着替えて待つ。
「お帽子かぶってお外に行こうか、はだしになってね」先生のかけ声に一斉に水場へ。先生「○○先生のいる所に、お水を運んでね」
 どろんこ場まで水を運ぶことから始まる。個人的な配慮はしない。自分で試す。器の中の水が多ければこぼす。器が大きければ小さい器を選ぶ。水を運ぶ途中に、重たければ水をこぼすことを思いつく。容器の握り方、又運び方も自分で工夫する。よく観察していると、順々に重いもの、大きいものへと挑戦していく姿を知ることができる。子どもたちは思い思いにその作業に熱中する。
 次はホースで土に、先生が水を十分に注ぐ。これも又面白い。土と水が混ざりあってそれこそどろんこ。何だろう?と好奇心いっぱい。始めは恐るおそる、手で足でそのうち身体でその感触を確かめていくうちに、ヌルヌル、グチャグチャがたまらない魅力となり、子どもの心をとらえ、満たされていく。黙々と遊ぶ顔の表情は何かにとりつかれた様。○○ちゃんと声をかければ、最高の微笑で答えてくれる。こうなったらしめたもの、完全にその子のフラストレーションは解消されている。まさにどろんこ天使。大人から見れば、キタナイ・・・・。
 手にドロをつけて、黒いてぶくろ、オバケー、服にドロを塗りつけて、ペンキ屋さんさながら、あらら、ズボンがドロの重みで落ちちゃった、ついでに脱いでおせんたく、ドロドロのまま干す子もいますよ。先生の足や服にペタンといたずら。どろんこの中で泳ぎだす子もいます。どうしてもドロに馴染めない子も、段々に興味を示してその内に仲間にはいっていきます。1歳児の時にこの光景を目にしていることも大切です。一年後のためにも−。
 遊びがますます展開していくうちに、皮膚についたドロが少しづつ、乾いてきたり、中に子どもの表情に変化を見つけたりしたならば、そろそろ身体を水で洗い、そしてお湯で洗います。30分が限度です。タフな子は様子を見ながら今しばらく遊ばせます。病み上がりや、身体の調子の悪い子は、残念ながら参加することができません。
 いっぱい遊んだ子どもたちは、食事のおいしいこと!そしてぐっすりお昼寝をします。
 梅雨に入る前に、あと一度チャンスがあればラッキーです。
 梅雨がきて、宮崎の暑くて長い夏が過ぎ、そっと秋が訪れ、急に気温が冷えると、さざんかの花が一斉に開きます。そして又、春のような気候にもどります。小春日和といいます。その時再び、膝から下のどろんこ遊びができます。
 子どもの心をとらえてやまない最高の遊びは− 水、砂、土、泥です。
                               (猪俣 記)

 たけのこ物語 2007年5月8日
 
 当保育所の東隣は空き地です。その一隅に竹やぶがあり、4月中旬から筍が生え始めました。筍はわずか10日程度で竹に育ってしまうといわれるので小さい内に抜いておかないと竹やぶが広がってしまうのでは・・・?と心配し1本ずつ抜いて子どもたちに見せたり、渡してみました。始めは興味のなかった子どもも、日が経つにつれ「タケノコ欲しい」「○○ちゃんもとってー!」と言うようになりました。中には、大きい筍を自力で抜いて来る子どももいて驚かされました。月齢の低い子どもには、危なくないようにと筍の皮を少しむいて渡し、大きい子どもたちにはそのまま渡して様子を見ました。
 筍を先にもらった月齢の大きい子どもたちは園庭の中央のテーブルに集まり(4〜5人)”筍を使ったお料理ごっこ”を始めました。おもちゃのスコップを包丁に見立て筍を切る作業が始まると、隣の子どもが「切れる!?」と心配そうな表情を見せていました。切れない事が分かると、筍の皮を1枚ずつむき始め、切れるかどうかをその都度判断していました。これは誰も教えていないのですが子ども自ら考えたようです。しばらくすると、スコップでも切れる細さになり3つに切れると「あらー上手に切れたわねー!」「皆さーん、筍ご飯ですよ!」と子ども同士の会話が聞こえてきました。その中の一人が、ごっこ遊びで使用した筍を「持って帰っていい?」と尋ねて来たので「いいよー」と返答すると喜んで登降園用の自分のリュックに入れ自宅に持って帰りすぐに母親に見せたようです。
 その子ども(2才10ヶ月)の母親と、保育士のやりとりを連絡帳より抜粋します。
4/20 保育士・・・筍を抜いて遊んだ様子を連絡帳に記入する。
     母親 ・・・家に帰って来て「みてー!」と筍を見せてくれました。
           よっぽど嬉しかったようでずーっと持っていました。
4/21 母親 ・・・筍はまだ持っています。しかも持ってそのまま寝ました。
4/26 母親 ・・・筍の皮をおばあちゃんとむいたようです。私(母)が見た
           時には小さくなっていました。「保育所楽しいー」と言っ
           ていました。
 このように、自分で抜いた筍を6日間宝もののようにしていた子どもの心に触れとても感動しました。”本物”に触れる、見るという経験はとても大切な事ではないかと思います。
 これからも、子どもたちが興味、好奇心を持ってくれるような機会を少しでも増やして行くようにしたいと思いました。            日高由香子 記


地球はごちそう 2006年12月25日(月)  
 
 曽師保育所の創立30周年記念行事を終えてまもない日、世界でたった一冊の絵本が、私あてに届けられた。扉の一頁には「曽師保育所創立30周年!おめでとうございます。・・・曽師保育所さんのすむ星がいつまでも美しくありますように」とあった。感慨無量この上もなく、幾度も読みかえした。
 内容(注)を要約すれば・・・、
46億年前に地球は誕生し、40億年前に地球に最初の命が誕生し、500万年前に、地球に人が生まれた。曽師保育所は命を受け継いで、受け継いで30年前、地球に誕生した。それから30年、曽師保育所は地球からごちそうをいただいて、この吉村町にくらしている。地球のごちそうとは、太陽のきらきらごはん/青い海のスープ/大地のステーキ/雲のてんぷら/雨そば/木のサラダ/・・・最後のごちそうは空気。
 曽師保育所も曽師っ子や先生や周りの人々も毎日おいしくて幸せ。でも、人々はもう気づいている。地球が泣いて痛がっていることを。限りあるごちそうだということを。だからひとりひとりが地球を大切にする方法を求めて、できることからひとつずつやっていこう。知る姿勢/感謝の気持ち/無駄にしない行動/護る態度/育む行為。
 地球が生んでくれた曽師保育所の命、人の命はその次へ、はるか未来へ伝わっていく。46億年の時を経て、この先も命を紡いでくれる地球のごちそうに、感謝を込めていただきます。 −というものである。
 過去から未来への、時の流れの中に存在する曽師保育所の確固たる地位を、揺るがすことなく、命を受け継いで行ってほしいという願いを思わずにはいられない。含蓄のある絵本の内容と共に、自称猪俣美智子先生にこの絵本を贈ってくれた、愛する二人の教え子に心からありがとう!
                   (猪俣記)
(注)クリエイト・ア・ブック
   発行所 ファーストギフト『地球は ごちそう』

2008年04月21日(月)17:06 

  小さな画家たち 2007年9月26日(水)

夏の暑さも少し薄らいだ某月某日、当所の玄関のポーチ(間口6m20cm奥行き8m)を大きなキャンバスに見たてて、2歳児の子どもたち9人が、ペンキ用のハケを使って、思い思いに絵を描いて遊びました。 先ず、
・ 赤、黄、青の三原色のポスターカラーをそれぞれの器に溶かす。
・ 3個の器を共同で使用する。
・ ペンキ用のハケを使って、好きなカラーで絵を描く。
・ どれくらい◯がいっぱい描けるかなぁ、どれだけ長い線が引けるかなぁ、と先生が見本を
  示して見せる。
子どもたちの様子は、
・ 「赤がいいー」「青がいいー」と言って思い思いの色の前に走りよる。
・ ハケに色をつけ、じっと見つめている子。
・ 器の中の色をかき混ぜている子。
・ 小さな丸が、次第に大きな丸となり、やがて自分の身体を軸にして大きな丸を描く子。
・ 大きく腕を振って色をつけている子。
・ ハケで一カ所を塗りつぶしている子。
・ 短い線から、段々と長く延びていく線、等々、一心不乱にそれぞれの子が夢中になって、
  言葉を失っていました。頃合いを見て、
先生「さぁ、みんないっしょに、ヨーイドンしょう」と言うかけ声に、好きな色をつけたハケを持ち、一列に並んで端から端まで長い線を引きました。腰を曲げずに上半身を倒して描く。身体よりも前にハケを出しながら歩いて描く姿、等々も、徐々に身体の安定がとれるようになっていきました。腰を落とし膝を曲げて、ハケを地面につけて線を引く、という作業を自ら学んでいくようです。瞬く間に小一時間が過ぎました。遊んだ後は身体をきれいに洗ってもらって、昼食です。
 玄関先のポーチ、コンクリートの地面はカラフルな模様に染められました。
後を洗い流したりはしません。「お母さん、これ描いたよ」「◯◯ちゃんがここ描いたよ」と、親の送迎のたびに親子の会話がはずみます。秋風が吹きわたる頃になると色も段々と薄れ、黙々とお絵描きに熱中していた小さな画家たちの残像が浮かびます。
                              (報告 猪俣美智子)


地球はごちそう 2006年12月25日(月)  
 
 曽師保育所の創立30周年記念行事を終えてまもない日、世界でたった一冊の絵本が、私あてに届けられた。扉の一頁には「曽師保育所創立30周年!おめでとうございます。・・・曽師保育所さんのすむ星がいつまでも美しくありますように」とあった。感慨無量この上もなく、幾度も読みかえした。
 内容(注)を要約すれば・・・、
46億年前に地球は誕生し、40億年前に地球に最初の命が誕生し、500万年前に、地球に人が生まれた。曽師保育所は命を受け継いで、受け継いで30年前、地球に誕生した。それから30年、曽師保育所は地球からごちそうをいただいて、この吉村町にくらしている。地球のごちそうとは、太陽のきらきらごはん/青い海のスープ/大地のステーキ/雲のてんぷら/雨そば/木のサラダ/・・・最後のごちそうは空気。
 曽師保育所も曽師っ子や先生や周りの人々も毎日おいしくて幸せ。でも、人々はもう気づいている。地球が泣いて痛がっていることを。限りあるごちそうだということを。だからひとりひとりが地球を大切にする方法を求めて、できることからひとつずつやっていこう。知る姿勢/感謝の気持ち/無駄にしない行動/護る態度/育む行為。
 地球が生んでくれた曽師保育所の命、人の命はその次へ、はるか未来へ伝わっていく。46億年の時を経て、この先も命を紡いでくれる地球のごちそうに、感謝を込めていただきます。 −というものである。
 過去から未来への、時の流れの中に存在する曽師保育所の確固たる地位を、揺るがすことなく、命を受け継いで行ってほしいという願いを思わずにはいられない。含蓄のある絵本の内容と共に、自称猪俣美智子先生にこの絵本を贈ってくれた、愛する二人の教え子に心からありがとう!
                   (猪俣記)
(注)クリエイト・ア・ブック
   発行所 ファーストギフト『地球は ごちそう』

2008年03月12日(水) みんなの玉手箱近日更新開始!

近日、書き込み予定。おたのしみに

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